失敗の原因は何のせい? 「原因帰属理論」/人事のモヤモヤがスッキリする学術理論②/月刊人事マネジメント寄稿連載記事
月刊人事マネジメント2019年9月号に私の寄稿記事の転載許可が下りたので、紹介することとしたい。
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人事のモヤモヤがスッキリする学術理論
第2回 失敗の原因は何のせい?
「原因帰属理論」
「部下が失敗をやらかした」「目標が未達だった」,こういうとき,上司としては指導方法に悩むものだ。
どうすれば本人のやる気を引き出し,改善につなげられるのだろうか?
あるいは,部下の性格に合わせて話の内容を変えるべきなのだろうか?
上司としては悩みが尽きず,すっきりしない。
今回は,そんな時に役立つ,「原因帰属理論」を紹介したい。
<失敗は認知的不協和を生む>
仕事で失敗したり,目標を達成できなかったりした時,部下の心の中では「認知的不協和」が生じている。
「認知的不協和」とは,一種の葛藤や矛盾のことだ。
「成し遂げなければならない使命感」と「成し遂げられなかった事実」という,相反する事柄を認識し,「不協和」(不快)が心の中で生じるのである。
これを乗り越えるために,人はその原因を見つけ出し,自分を納得させることで,気持を落ち着かせ,葛藤を乗り越えようとする。
そのあたりの心の機微を分析したのが,心理学者ワイナーの原因帰属理論だ。
<成功や失敗の原因は?>
図表のワイナーの原因帰属理論では,成功や失敗の原因を「統制の所在」と「安定性」の二次元で分類している。
「統制の所在」は,原因を内的とみなすか外的とみなすか,つまり,自分でコントロール可能かどうかだ。
一方,「安定性」は変動しやすいかどうかである。
これらの分類によれば,1. 自分がコントロールでき,かつ安定している原因は「能力」であり,2.自分がコントロールできるが不安定な(常に一定レベルを保つのは難しい)原因は「努力」である。
一方,3. 自分でコントロールできないが,安定している原因は「課題の難度」(仕事の難しさ)であり,4. 自分でコントロールで きないうえに不安定な原因は「運」となる。
試験に落ちた時,「頭が悪かったから」というのは「1.能力」に,「勉強不足だった」というのは「2.努力」に,「問題が難しかったから」というのは「3.課題の難度」に, 「たまたま」というのは,「4.運」に,それぞれ原因帰属させているのである。
<原因帰属と動機づけ>
仕事の成功や失敗をどこに帰属させるかによって,部下のモチベーションは大きく変わってくる。
ワイナーによれば,「統制の所在」は自尊感情に,「安定性」は次課題の成功や失敗の期待に,それぞれ影響を及ぼし,達成行動の動機づけを決めるとしている。
「成功」の原因は安定的で内的なもの(能力)に帰属すると,次の行動に対する期待が最も高くなり,動機づけは最高になる。
一方で「失敗」の原因を,不安定で内的なもの(努力)に帰属すると,次の課題に対して動機づけを高めるとされている。
仕事の成功を「能力」に帰属させると,「有能感」や「再現性の期待」を同時に高めることができるが,仕事が簡単だった(課題の難度)とか,偶然(運)という原 因に帰属させると,「有能感」や「再現性の期待」を満足させられず,モチベーションは高まらない。
一方,仕事の失敗を「努力」に帰属させると,「有能感」を傷つけず,「失敗再現の恐れ」を低減することができる。
しかし,仕事が難しかった(課題の難度)とか,偶然(運)という原因に帰属させると,「有能感」は傷つけないが,自分自身でコントロールできない原因であるた め,「失敗再現の恐れ」を低減することはできず,次の課題に対するモチベーションが高まらない。
これらのことは,日常の部下とのコミュニケーションにおいて,極めて重要な示唆を与えてくれる。
<成功した場合の褒め方>
日本人,特に男性の場合,部下をあからさまに褒めない。
そのうえ,「今回は偶然にも状況が追い風でうまくいったが,異なる状況でも対応できるよう気を引き締めておくように」と,本人の「能力」よりも「外部」に原因 を帰属させることが多い。
部下の慢心を招かないようにという配慮や,謙虚さを美徳とする日本人らしい感覚といえるだろう。
しかし,これでは「有能感」や「再現性の期待」は高まらず,動機づけに有効な褒め方とはいえない。
本人が安定的に発揮している能力を成功要因として褒めるほうがモチベーションは高まるのである。
提案力,分析力,企画書作成能力,プレゼン能力など顕在化した発揮能力と成果を結びつけて認めてやるのである。
<失敗した場合のフィードバック>
一方,失敗については,「たまたま運が悪かっただけだから,次回頑張れ!」というように「外部」の原因に帰属させ,励ましているケースをよく見かける。
あるいは,「分析力が足りない」「根性が足りない」などと,「能力」(時には人格部分)に原因を帰属させて叱責するケースも見受けられる。
前者は「失敗再現の恐れ」を低減できず,後者は「有能感」を傷つけるため,モチベーションは下がってしまう。
そうではなくて,本人の「努力」に原因を帰属させ,共感的に反省を促すことが不可欠である。
この場合,上司が直接問題点を指摘することは避けたほうがよい。
「何が問題だったか」「一体どうすればよかったのか」を部下の口から語らせ,内省を促すのだ。
上司が指摘せずとも,正しい答えは実務者である部下が一番知っているからだ。
要するに,仕事の成功を褒める時には,本人の「能力」を褒め,失敗の反省を促す際には,本人の投入した「努力」の量と質について内省を促すことが重要だ。
それにもかかわらず,日頃のマネジメントは正反対のアプローチをとっている上司が実態として本当に多い。
「原因帰属理論」は日常の部下指導や目標面接などさまざまなシーンで,活用できる有用な理論といえるだろう。
(参考文献:バーナード ワイナー(著),宮本 美沙子・林 保(翻訳)『ヒューマン・モチベーション―動機づけの心理学』金子書房,1989年)
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