最適な雇用形態の組み合わせは? 「人的資源アーキテクチャー理論」/人事のモヤモヤがスッキリする学術理論③/月刊人事マネジメント寄稿連載記事
月刊人事マネジメント2019年10月号に私の寄稿記事の転載許可が下りたので、紹介することとしたい。
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人事のモヤモヤがスッキリする学術理論
第3回 最適な雇用形態の組み合わせは?
「人的資源アーキテクチャー理論」
「この仕事なら派遣社員でよい」
「辞められると困るので正社員で採用しよう」
「リスクがあるので契約社員で」
など,その都度の判断で採用する人材の雇用形態を決めている企業が少なくない。特に中小企業はその傾向が顕著だ。
明確なポリシーを持たずに場当たり的に採用していると,正社員,派遣労働者,パートタイマーが肩を並べて同じ仕事をする歪な組織が出来上がる。
こういう状態になると,働く側も,採用する側もモヤモヤしてしまう。
今回は,そんな時に役立つ,「人的資源アーキテクチャー理論」を紹介したい。
<多彩な人材ポートフォリオ論>
企業は戦略実現のためにどのような人材が必要なのか,その要件を明確にし,必要な人材を組み合わせて活用しなければならない。
このような人材の組み合わせに関する考え方を総称して,「雇用ポートフォリオ戦略」または「人材ポートフォリオ論」と呼ぶ。
代表的なものに,「柔軟な企業モデル」(J.アトキンソン,1985),「雇用ポートフォリオ論」(日経連,1995),「人的資源アーキテクチャー」(Lepak&Snell,1999),「人材ポートフォリオ」(リクルートワ ークス研究所,2000)などがある。
これらの理論は分析軸の設定などで枠組み上の差はあるものの,職務の性質に応じて,これまでのように正社員一辺倒から,有期雇用や外部資源の活用までを視野に 入れ,柔軟に雇用管理を行うべきだと提言している点で共通している。
日本では,日経連の雇用ポートフォリオ論が多くの企業に影響を与えたモデルとして,特に有名だ。
しかし,日経連のモデルでは,勤続の長短のみが分析軸になっており,雇用形態の組み合わせを分析する際,必ずしも十分な情報を与えてくれない。
なぜなら,さまざまな雇用形態を組み合わせて人材の充足を図るには,募集ポジションの職務を遂行するのに必要なスキル,そのスキルを持つ人材の希少性や流動性,スキル習熟に要する期間,仕事量,その業務の秘匿性など,さまざまな要素を細かく分析しなければならないからだ。
<人的資源アーキテクチャー>
前記の4つの人材ポートフォリオ理論の中でも,実践的で特にオススメなのがLepak&Snellの「人的資源アーキテクチャー」だ。
「人的資源アーキテクチャー」では,図のように縦軸に「人材の希少性」を,横軸に「人材の価値」を設定し,これら2 軸を用いて人材を4 つのグループに分類して捉 えようとする理論だ。
縦軸の「人材の希少性」は,その人材が労働市場で採用しやすいかどうかという観点だ。
採用しにくければ希少性は「高く」,逆に採用しやすければ希少性は「低い」と評価する。
横軸の「人材の価値」は,その企業にとって,そのポジションは重要か?という観点である。
外注できないコア業務なら人材の価値は「高く」,逆にすぐに代替されるような業務なら人材の価値は「低い」と評価される。
この2 軸で分類できる4つのグループが,①内部育成,②外部からの調達,③アウトソースの活用,④外部との提携だ。
<人材の希少性>
縦軸の「人材の希少性」は,当該人材が労働市場で容易に調達できるか否かで判断する。
一般的に,どの企業でも共通する汎用的職務に従事している人材は労働市場から調達しやすい。
例えば,経理の仕訳の仕事は簿記知識に基づいて行うもので,どの企業に行っても仕事内容は共通している。従って,労働市場から探すのは比較的容易で,希少性は 「低い」。
一方で,企業特殊的能力(その企業でしか身につけられない経験・能力)や非常に特殊なスキル・経験を持った人は外部労働市場から獲得しにくく,希少性は「高い」。
<4 つのグループの適用>
「人的資源アーキテクチャー」に当てはめて考えてみると,従業員3名の飲食業においては,経理の仕訳担当者は「人材の希少性」「人材の価値」ともに「低い」ので,「アウトソースの活用」を選択することになる。
人材を採用するより,会計事務所の記帳代行サービスなどを頼ればよいのだ。
逆に会計事務所にとっては,「人材の希少性」は「低い」けれど,「人材の価値」は「高い」ため,「外部からの調達」を選択することになる。
つまり,労働市場からスキルを備えた人を獲得(中途採用)すればよい。
同じように,訴訟事務に従事する法務担当の例を考察してみる。
訴訟事務をこなせる法務担当者は縦軸の「人材の希少性」が高く,労働市場から調達が難しい。
横軸の「人材の価値」を判断することになるが,めったに訴訟な ど経験しない企業にとっては,法務担当の価値は低いので,「外部との提携」を選択することになる。
つまり,訴訟沙汰が起これば,その都度,弁護士事務所などを頼ればよいのだ。
逆に,弁護士事務所にとっては,訴訟事務に精通している担当者は非常に価値の高い人材となるが,労働市場からの調達が困難なた め,「内部育成」を選択せざるをえない。
新卒や若い人材を採用し,長期で育成せざるをえないのだ。
<外部環境を冷静に判断>
このように「人的資源アーキテクチャー」は,縦横の2 軸で明確にポートフォリオを決定でき,分かりやすく実践的だ。
しかし,人材の希少性や人材の価値は企業を取り巻く環境によって変化することに留意しておかねばならない。特に人材の調達難易度を見誤ると前提が崩れてしまう ので,注意が必要である。
(参考文献:David P. Lepak and Scott A. Snell The Human Resource Architecture: Toward a Theory of Human Capital Allocation and Development 1999 "J.Atkinson" “Flexibility,Uncertainty,and ManpowerManagement,” IMS Report, No.89 1985 リクルートワークス研究所「事業戦略と人材ポートフォリオ研究報告-勝ち組企業 ヒアリング 調査結果からの考察」2000年新・日本的経営システム等研究プロジェクト編 日経連「新時代の『日本的経営』」1995年)
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