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未経験の新卒の適性って? 「適性の三側面理論」/人事のモヤモヤがスッキリする学術理論①/月刊人事マネジメント寄稿連載記事

月刊人事マネジメント2019年8月号に私の寄稿記事の転載許可が下りたので、紹介することとしたい。

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人事のモヤモヤがスッキリする学術理論

第1回 未経験の新卒の適性って?

 「適性の三側面理論」 

 「人は千差万別なので理屈では割り切れない」,そういって人事マネジメント上の課題に蓋をする姿勢では,いつまで経ってもモヤモヤは解決できない。

そんな時こそ,アカデミックなセオリーを学んでみてはどうだろう。理論を学ぶことで,頭の中の霧が晴れることがあるからだ。  

 連載の第1 回は「適性の三側面理論」を紹介したい。 

 

<モヤモヤする採用基準>  

 求人媒体のコマーシャルを見ていると,「優秀な人材」「あなたの会社にピッタリの人」という言葉が躍っている。

 企業の新卒採用担当者に「どんな人材を採用したいのか?」と聞くと,「優秀な学生」「うちの会社のカラーになじむ学生」というように,抽象的でよく分からない人材像が並ぶ。

 「優秀さ」の定義も,「馴染む」という状態もイメージしにくく,上滑りで軽薄な印象を受ける。

 逆に,採用したい学生像を能力レベルで事細かに定義する企業もあるが,なぜかスクリーニングの際には役に立たない。

 そこでまず,「適性」について,アカデミックな視点で考えてみたい。

 

 <適性とは何か?>  

 「適性」という概念は,日米でかなり捉え方に違いがある。ここでは詳しくは述べないが,アメリカでは,「職業適合性」の一要素として「能力」を挙げ,その構成要素として「適性」と「技量」を挙げている。

 「適性」はさらに「知能」「近くの早さ・正確さ」「精神運動機能」に分解されている(図表1 )。

 要は「職業適合性」の一要素である「能力」のさらに一部分として「適性」を捉えているのである。

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 一方,日本では,「適性」は「能力」だけでなく「人格全体」を視野に入れた概念として捉えている。それを端的に示したのが,「適性の三側面モデル」(大沢,1989)だ。

 図表2 のように適性を,①仕事をこなせるかという「職務適応」,②職場になじめるかという「職場適応」,③自分が関心・興味を持ってやり続けられるかという「自己適応」の三側面から分類するモデルだ。

 

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 「職務適応」は仕事がこなせるかどうかなので,能力(知識,技能,経験)が問われ,「能力的適性」と呼ばれる。

 「職場適応」は職場になじめるかどうかなので,気質や性格が問われ,「性格的適性」と呼ばれる。

 「自己適応」はその仕事に関心・興味を持ち続けられるかどうかなので,興味や価値観,意欲などが問われ,「態度的適性」と呼ばれる。

 この3 つのうち,どれが欠けても仕事は長続きしない。定着する人材を採用するためには,この「適性の三側面」を充足させる人材を採用しなければならない。

 

 <新卒の「職務適応」の確認>  

 新卒の場合,「職務適応」を確認しようにも,職務関連知識も,技能も,経験も,何の積み上げもない。従って,原則として「職務適応」は確認しにくい。

 理系学生を技術職採用する場合,「研究内容」が「職務適応」に直結するが,文系採用では履修分野から「職務適応」をほぼ予見できない。従って,「職務適応」は,基礎能力としての「知能」を適性検査か学歴で確認するくらいだ。

 

 <新卒の「職場適応」の確認>  

 職場適応は「性格的適性」なので,その職場になじむことができる気質や性格を備えているかどうかの確認をすることになる。

 しかし,そもそも,どのような性格を備えていれば,その職場になじむかは定義が難しく,曖昧で言語化しにくい。そのうえ,マッチする性格は職場単位で違うはずなのに,企業で一括りに定義するのは無理がある。

 性格の類型化は限界があるので,採用基準や人材像の定義が抽象的になる。採用担当者が「うちの会社のカラーになじむ人」といった曖昧な話をするのはこのためだ。

 

 <新卒の「自己適応」の確認>  

 「自己適応」はその仕事に関心・興味を持ち続けられるかどうかなので,興味・志向,価値観,意欲などを確認していくことになる。

 自社への志望動機や業界に興味 を持った理由,どのような職業観 があるのかを面接や適性検査など を通じて引き出していく。

 しかし,多くの採用担当者は,「自己適応」の確認のためにこれらの質問をしている意識が薄い。

 なお,興味・志向と自己適応の関連は,これら3 つの適応性の中で,一番研究が進んでおり,高い妥当性を持つ適性検査が多く開発されている。

 ちなみに,多くの企業で取り入れられている「エントリーシート」は,3 つの適応のうち,この「自己適応」の予見に用いることができる。

 エントリーシートに記述される内容から,自社や業界に関心・興味を持っているかを判定できるからだ。

 しかし,「能力適応」も「性格適応」も判定しにくい(一部,文章から知能を判断できるのみ)。従って,エントリーシートを用いて「優秀な人材を見抜く」などという謳い文句には無理があるだろう。

 

 <新卒の「自己適応」の確認>  

 以上のように,新卒の場合,「能力適応」は職務経験がないため確認できない(知的適性検査や学歴から知能を判定するのみ)。

 「性格適応」は言語化しにくく,採用担当者側の感性頼りになる。

 唯一「自己適応」だけが,興味や関心から予見しやすい。

 キャリア採用では「能力適応」をシビアに見ることができるので,人材像や採用基準が比較的明確だ。

 それに比べ,新卒採用における採用基準は曖昧模糊としている。その理由は「適性の三側面理論」から考えるとよく分かるのだ。

 離職者が出た際に,退職理由をこの三側面から確認するのも,人事マネジメントのPDCAを回すうえで有用である。

(参考文献:大沢 武志『採用と人事測定』朝日出版社 1989年D.E.スーパー,M.J.ボーン/著,藤本喜八,大沢武志/訳『職業の心理』ダイヤモンド社 1973年)

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